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記事: Hermès ピコタン完全ガイド Part.1 誕生とスト-リー、そして「自由」の哲学

Hermès ピコタン完全ガイド Part.1  誕生とスト-リー、そして「自由」の哲学
エルメス

Hermès ピコタン完全ガイド Part.1 誕生とスト-リー、そして「自由」の哲学

Hermèsのバッグは、それぞれが独自の物語と哲学を体現しています。1930年代に原型が誕生したケリーが「クラシックでエレガント」な静の品格、その約50年後に誕生したバーキンが「自由でアクティブ」な動の個性を象徴するとすれば、ピコタンは「軽快で愛らしい日常の上質」を極めた存在です。

ケリー、バーキンに続くエルメスの第三のアイコンとして、ピコタンが愛される理由を、その誕生の物語とユニークな構造の両面から紐解きます。

1. 馬具入れから生まれた「自由」の形

ピコタンは、数あるエルメスのバッグの中では比較的歴史が新しく、2003年頃に登場しました。

その愛らしい名前は、中世フランスで使われた穀物量を測る単位(ボワソー升の4分の1)に由来するとも言われますが、最も有名なのは、馬や牛が歩きながら飼い葉(餌)を食べられるようにぶら下げていた革製のカゴからインスピレーションを受けているというストーリーです。

ピコタンは、ハリウッド女優や王妃(ケリー)、あるいは歌手(バーキン)といった華やかな人物の物語から誕生したバッグとは一線を画します。そのルーツは馬や牛の飼い葉入れという、最も機能的で素朴な馬具でした。

エルメスが馬具工房として始まった伝統を踏まえ、

  • 間口が広く、荷物の出し入れがしやすい
  • 底がしっかりとして、容量が大きい
  • シンプルで丈夫な一枚革仕立て

という、馬具入れとしての機能美を、そのまま女性が日常使いしやすいミニマルなバッグへと昇華させました。これは、エルメスが培ってきた馬具職人としての機能美に立ち返り、「特別な日のためのバッグ」ではなく、「毎日の生活を豊かにするバッグ」という新しい哲学を打ち出したことを示しています。

2. ピコタンと「ピコタンロック」の違い

現在、私たちがエルメスのブティックで目にするのは、ほとんどが「ピコタンロック(Picotin Lock)」と呼ばれるモデルです。

  • ピコタン(初代モデル): 2003年頃に登場。シンプルなトート型で、開口部を留めるベルトは付いていましたが、エルメスの象徴であるカデナ(南京錠)は付属していませんでした。
  • ピコタンロック(現行モデル): 2008年頃に登場。開口部のベルトにカデナが付属され、荷物がこぼれるのを防ぐ機能性と、カデナによる高級感がプラスされました。

「ロック」が付いたことで、カデナと鍵が揺れる音が心地よいアクセントとなり、カジュアルさの中に「さりげない高級感」が加わりました。現在では、ピコタンといえば「ピコタンロック」を指すのが一般的です。

3. ピコタンが誕生した時代背景

2000年代初頭のファッション界は、それまでのフォーマルでかしこまったスタイルから、「エフォートレス(effortless:肩の力が抜けた、自然体)」なスタイルへの移行期でした。ケリーやバーキンが持つ圧倒的なステータス性とはまた違う、「日常に溶け込む上質さ」が求められ始めた時代に、ピコタンはまさに理想のバッグとして登場しました。

  • カジュアル・シックの象徴: 完璧に計算されたエレガンスではなく、Tシャツやデニムにも馴染む親しみやすさ。
  • 高い収納力: 仕切りのないシンプルな構造は、現代の女性が持つ多くの荷物(スマートフォン、ポーチなど)をざっくりと受け入れます。
  • 「手の届きやすい」エルメス: 定番バッグの中では比較的手に取りやすい価格帯と、装飾をそぎ落としたシンプルなデザインが、若い世代や初めてエルメスを持つ人々にも響きました。

ピコタンは、エルメスの「最高級の品質を日常に取り入れる」という、新しい時代の哲学を象徴しています。

4. ピコタンのデザイン哲学と構造

ピコタンの魅力は、複雑なディテールではなく、その構造そのものの美しさに集約されています。

コロンとした丸底のフォルム

馬具入れの構造を受け継ぎ、底が丸く、継ぎ目が少ない一枚革仕立てが基本です。このシンプルな構造が、革本来の柔らかさや風合いを最大限に引き出し、愛らしい「コロン」としたシルエットを生み出します。

カデナの存在感と機能性

フラップを留めるベルトと、エルメスの象徴であるカデナ(南京錠)が、バッグの中央で静かに輝きます。

  • 機能: ベルトを締め、カデナでロックすることで、開口部をしっかり押さえ、中身の飛び出しを防ぎます。
  • 美意識: この中央の金具が、全体をカジュアルにまとめすぎず、上質なエルメスらしい品格を与えています。

徹底された実用性

  • ダブルハンドル: 手に馴染みやすく、荷物が多くても持ちやすいダブルハンドル仕様。
  • 底鋲(びょう): 底にはしっかりと高さのある4つの鋲が打たれており、バッグの底が床面に触れにくく、傷を防ぎます。

5. 素材と職人技が織りなす「柔らかさ」

ピコタンの愛らしいフォルムは、エルメスが厳選する、柔らかくしなやかなレザーによって実現します。

素材名 分類 特徴とピコタンでの印象
トリヨンクレマンス (Taurillon Clemence) 雄牛 ピコタンのメイン素材。トゴよりもシボが大きめで、随一の柔らかさとしなやかさを持つ。使い込むほどに「くったり」とした質感になり、ピコタンのカジュアルで優しい雰囲気を際立たせる。
トゴ (Togo) 雄仔牛 細かいシボが特徴で、傷が目立ちにくい耐久性に優れる。適度な張りがありつつも柔らかさも併せ持ち、長年の使用に耐えることから、トリヨンクレマンスと並び人気が高い。
ヴォー・エプソン (Veau Epsom) 雄仔牛 細かい型押しで軽量かつ硬いのが特徴。型崩れしにくいので、ピコタンの丸いフォルムをシャープに保ちたい場合に選ばれる。発色が良く、光沢もある。
トリヨンモーリス (Taurillon Maurice) 雄牛 2017年頃に登場。きめ細かで丸みのある型押しで、トリヨンクレマンスに似た張りがありながら、よりマットな風合い。使えば使うほど艶が出る経年変化が楽しめる。
オーストリッチ (Autruche) ダチョウ 特有の丸い斑点模様(クイルマーク)が特徴。軽くて丈夫で、使用とともに艶と風合いが増す。エレガントでありながら遊び心のある印象。

ピコタンは、バーキンやケリーとは異なり、内側をあえて加工しない一枚革の素材感を楽しめるのも魅力。内側から革の自然な起毛(ベロアのような手触り)を感じることができ、職人による革への愛情と自信が伝わってきます。

6. ケリー・バーキンとの比較で見るピコタンの個性

ピコタンは、エルメスの二大アイコンとは全く異なる「自由」な美学を体現しています。

比較項目 ケリー(Kelly) バーキン(Birkin) ピコタン(Picotin)
誕生年代 1930年代 1980年代 2000年代
印象 静寂・規律(フォーマル) 自由・個性(カジュアル・シック) 軽快・親しみ(デイリー、キュート)
哲学 知性と品格の完成された美 機能性と自由な精神 伝統的な機能美の日常化
形状 台形でシャープ(外縫いあり) 長方形に近い(容量優先) 丸底でコロンとしたバケツ型
開閉 フラップ+クロアで完全に閉じる オープントップでも使用可能 ベルト+カデナで開口部を押さえる
ハンドル 1本(ショルダーストラップ付) 2本(手持ち・腕かけ) 2本(手持ち・腕かけ)
内装 ポケットがあり整理しやすい 内ポケットが少ない 仕切り・ポケットがないシンプルな構造

ピコタンは、開口部を完全に閉じるケリーのような閉鎖性を持たず、かといってバーキンほど荷物をざっくり開放的に入れるわけでもない、ラフだけど上質という独自のポジションを確立しています。そのミニマルなデザインは、スカーフやチャームなどのアレンジを最も楽しめるキャンバスでもあります。

7. ピコタンを持つ意味 ― まとめと次回予告

ピコタンは、単なるバケツ型バッグではありません。それは、エルメスの伝統(馬具)と現代のライフスタイル(軽快さ)を見事に融合させた、最も自由なアイコンバッグです。

まとめ

ピコタンは、馬具入れに由来する機能的なデザインがルーツにあり、カデナが付属した「ピコタンロック」が主流となって、カジュアルなフォルムに高級感をプラスしています。柔らかなトリヨンクレマンスなどの素材が愛らしい「くったり」感を表現しており、ケリーやバーキンとは一線を画す、日常に溶け込む上質な自由が最大の魅力です。

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